福岡出身のあなたが、上京したての大学一年生だったとします。
サークルの引越し作業中、先輩から「悪いけど、その段ボール、なおしといて」と頼まれました。
あなたは親切心から、少し破れていた段ボールをガムテープで補強してあげました。
しかし、先輩の顔はなぜか曇っています…。
このすれ違い、福岡県出身者なら「あるある!」と膝を打つシチュエーションではないでしょうか。
そう、福岡県民にとって「なおす」は「片付ける」という意味。決して「修理する」ではないのです。
このように、福岡県には地元の人々が完全に標準語だと信じて疑わない「ステルス方言」が数多く存在します。
なぜ気づかない?「ステルス方言」が生まれる背景

そもそも、なぜ福岡県民はこれほど多くの言葉を方言だと認識せずに使い続けているのでしょうか。
それは、単に「昔から使っているから」という理由だけではありません。
そこには、福岡という土地が持つ、歴史的・文化的な背景が深く関わっています。
- 家庭から地域へ、盤石の言語コミュニティ
- 漢字があるから標準語?「離合」という名の罠
- 学校教育でもスルーされる日常語
- 県外に出て初めて知る衝撃の事実
- 【比較】あなたの「濃い」は「こい」?「こゆい」?
家庭から地域へ、盤石の言語コミュニティ
「なおす」や「からう」といった言葉は、物心ついた時から家庭で親が使い、学校で先生や友達が使い、地域社会の誰もが当たり前に使っている言葉です。
自分の言語世界の中で、それが「標準語ではない」と指摘される機会が全くないまま成長するため、方言であるという認識が生まれる余地がないのです。
漢字があるから標準語?「離合」という名の罠
特に方言だと気づかれにくいのが、「離合(りごう)」のような漢字表記を持つ言葉です。
「離合」は狭い道で車がすれ違うことを指す言葉ですが、しっかりとした漢字があるため、まさかこれが地域限定の言葉だとは思いもしません。
これは元々鉄道用語だったものが、なぜか福岡の路上で一般化した珍しい例です。
学校教育でもスルーされる日常語
国語の授業では「正しい日本語」を学びますが、それは主に書き言葉や文法が中心です。
「片付ける」を「なおす」と言うような、生活に密着した口頭表現は、間違いとして矯正される対象になりにくいのが実情です。
先生自身も無意識に使っているため、誰もそれが方言だとは思いません。
県外に出て初めて知る衝撃の事実
多くの福岡県民が自らの「ステルス方言」に気づくのは、進学や就職で県外に出て、地元以外の人と話した時です。
「え、『なおす』って言わないの?」
「『リバテープ』で通じないの!?」
といったカルチャーショックを経験し、初めて自分の言葉がローカルなものであったと知るのです。
【比較】あなたの「濃い」は「こい」?「こゆい」?
味の濃さを表現する時、あなたは「味がこい」と言いますか?それとも「味がこゆい」と言いますか?
標準語では「こい」ですが、福岡では「こゆい」が非常に一般的です。
これもまた、多くの人が方言だと意識せずに使っている言葉の一つです。
【実例集】明日から使える!福岡の「標準語」vs 本当の標準語

それでは、実際にどのような「ステルス方言」があるのか、具体的な例を見ていきましょう。
ここでは、特に代表的で、県外の人との会話で誤解を生みやすい言葉を厳選しました。
意味を知れば、きっとあなたも誰かに話したくなるはずです。
- 第1問:片付ける?修理する?「なおす」
- 第2問:背負うこと、なんて言う?「からう」
- 第3問:お掃除の基本「はわく」
- 第4問:掛け声の謎「さんのーがーはい」
- 第5問:ぬかるみにはまる「いぼる」
- 第6問:絆創膏の代名詞「リバテープ」
- よくある質問
- 総括・まとめ
第1問:片付ける?修理する?「なおす」
福岡の「標準語」: なおす
本当の標準語: 片付ける、しまう
解説: これぞステルス方言の王様。「その本、なおしとって」は「その本を片付けておいて」という意味です。壊れていなくても使います。県外の人に頼むと、本を修理しようとしてくれるかもしれません。
第2問:背負うこと、なんて言う?「からう」
福岡の「標準語」: からう
本当の標準語: 背負う(しょる)
解説: ランドセルやリュックサックを「からう」。九州では当たり前の表現ですが、他県ではほぼ通じません。「リュックをからって出かける」と言っても、相手は首をかしげるでしょう。
第3問:お掃除の基本「はわく」
福岡の「標準語」: はわく
本当の標準語: (ほうきで)掃く
解説: 「玄関をはわく」のように使います。標準語の「はく」は、福岡県民にとっては「(ズボンなどを)穿く」か「(気分が悪くて)吐く」のイメージが強く、「掃く」という行為には「はわく」の方がしっくりきます。
第4問:掛け声の謎「さんのーがーはい」
福岡の「標準語」: さんのーがーはい
本当の標準語: いっせーのーせ、いち、にの、さん
解説: 重い物を持ち上げる時などの掛け声です。タイミングが「はい」の部分なので、標準語の「せ」で力を入れようとする他県民を混乱させます。運動会などで他県出身の先生が困惑する光景は、福岡の学校あるあるです。
第5問:ぬかるみにはまる「いぼる」
福岡の「標準語」: いぼる
本当の標準語: (ぬかるみなどに)はまる、めり込む
解説: 雨上がりのグラウンドや田んぼ道で、靴がズボッと埋まってしまった状態を「靴がいぼった!」と表現します。特に県西部でよく聞かれる言葉で、その絶妙な語感が状況を的確に表しています。
第6問:絆創膏の代名詞「リバテープ」
福岡の「標準語」: リバテープ
本当の標準語: 絆創膏(ばんそうこう)
解説: これは熊本の製薬会社の商品名が一般名詞化したものです。九州地方では「絆創膏=リバテープ」が常識ですが、全国的には通じません。東日本で「サビオ」と言うのと同じ現象です。
よくある質問
福岡県民ですが、全部標準語だと思ってました。なぜですか?
それは、あなたの周りの家族や友人も含め、地域全体でこれらの言葉が当たり前に使われてきたからです。外部から間違いだと指摘される機会がなかったため、方言だと気づくことがなかったのです。
他にも福岡県民が気づいていない方言はありますか?
はい、たくさんあります。例えば、画鋲のことを「押しピン」と呼んだり、授業の間の休み時間を「放課」と呼んだりするのも、実は全国共通ではありません。探してみると面白い発見がありますよ。
これらの言葉は、博多弁とは違うのですか?
これらは博多弁、北九州弁といった特定のエリアだけでなく、福岡県内で広く使われている言葉です。そのため「〇〇弁」というより「福岡県共通の方言」と捉えるのが適切です。 (→プラン1の記事へ)
総括・まとめ
今回は、福岡県民が方言だと気づかずに使っている「ステルス方言」について、その背景と具体的な実例をご紹介しました。
「なおす」「からう」「はわく」「離合」…
これらの言葉が当たり前だと思っていた福岡県民の方も、そうでない方も、言葉の地域性と多様性の面白さを感じていただけたのではないでしょうか。
- 気づかない理由: 強力な地域コミュニティの中で、言葉が修正される機会がなかったから。
- 代表的な言葉: 「なおす(片付ける)」「からう(背負う)」「はわく(掃く)」「離合(すれ違い)」など。
方言とは、有名な観光地の言葉や、特徴的な語尾だけを指すものではありません。
人々の日常に深く溶け込み、生活の一部となっている言葉こそが、その土地の文化を最も色濃く反映しているのです。
次にあなたが福岡県民と話す機会があれば、ぜひ「あなたのところでは、絆創膏のことなんて言う?」と尋ねてみてください。
きっと、そこから楽しい会話が始まるはずです。