足の裏を触られたときの、笑ってしまうようなむずむずした感覚。「くすぐったい」と言う人もいれば、「こそばい」「もちょこい」「ちょこばい」と言う人もいます。
先に結論を言うと、「くすぐったい」には全国各地で多くの言い方があり、語の前半と語尾の両方が地域によって変化します。 自治体資料では、北海道・青森の「もちょこい」、山口の「こそばい」、佐賀県玄海町の「こそばいか」、奈良県十津川村の「くすばいい」、宮崎県美郷町の「ちょこばい」などが確認できます。
ただし、方言は都道府県ごとに一つではありません。同じ地域でも集落、年代、家庭によって語形が異なります。この記事では国立国語研究所の全国方言地図と自治体資料をもとに、確認できる例と調査年代を区別しながら紹介します。
「くすぐったい」の方言を一覧で比較
| 言い方 | 意味 | 資料で確認できる地域例 |
|---|---|---|
| もちょこい | くすぐったい | 北海道七飯町、青森県大間町 |
| くすばいい/くすばったい | くすぐったい | 奈良県十津川村 |
| こそばい/こそばいー | くすぐったい | 山口県東部 |
| こそばいか | くすぐったい | 佐賀県玄海町 |
| ちょこばい | くすぐったい | 宮崎県美郷町 |
| こちょばいい | くすぐったい | 熊本県西原村 |
表の地域は、今回確認した資料に語形が掲載されている場所です。「その県では全員がこの言葉を使う」「ほかの地域では使わない」という区分ではありません。似た形が隣接地域に見られることも、同じ市町村内に複数の形があることもあります。
全国方言地図では前半と語尾を分けて記録
国立国語研究所の『日本言語地図』は、「くすぐったい」を第32図と第33図の2枚に分けています。第32図は語の前半、第33図は後半の違いを示す地図です。一語を2枚に分けるほど、各地の形が細かく異なっていたことが分かります。
同研究所の図解説では、前半が「クス・クソ・コソ」などになる形のほか、子音にB・M・W・Hなどを含む多様な形が整理されています。大きく見ると、K・G系の形は東日本、隠岐、九州西部などに、B・M・W・H系の形は西日本と東日本の日本海側などに分布していました。
地図を見るときに欠かせないのが調査年代です。『日本言語地図』の本調査は1957年から1964年に全国約2,400地点で行われ、原則として1903年以前に生まれ、その土地で言葉を身につけた男性が対象でした。
この地図は伝統的な方言の分布を知る基礎資料であり、2026年現在の使用率を示す地図ではありません。 現在も使われているか、若い世代にも通じるかは、地域ごとに別の確認が必要です。
方言と発音の違いを整理したい方は、方言・なまり・アクセントの違いも参考になります。
北海道・青森では「もちょこい」
北海道七飯町の交流事業を紹介する自治体資料では、北海道の方言クイズとして「もちょこい=くすぐったい」が出題されています。青森県大間町の民俗資料にも、「もちょこい」の意味として「くすぐったい」が記録されています。
この2例から、津軽海峡を挟む北海道南部と青森県下北地方に同じ形が確認できます。ただし、「もちょこい」を北海道・青森の全域で共通して使うとまでは言えません。自治体資料に載ることと、その地域の全員が日常的に使うことは別なので、確認例として捉えるのが適切です。
| 方言の例 | 標準語での意味 |
|---|---|
| 足の裏、もちょこい | 足の裏がくすぐったい |
| もちょこいから、やめて | くすぐったいから、やめて |
北海道の感覚を表す別の言葉としては、寒さを表す「しばれる」も知られています。意味と使い分けは、北海道方言「しばれる」の解説をご覧ください。
山口・佐賀では「こそばい」「こそばいか」
萩市立図書館が公開する山口東部方言の資料には、「こそばい」「こそばいー」「こそばえー」が掲載されています。意味はいずれも「くすぐったい」です。このほか、「くすばい」「こすばい」などの形も挙げられています。
佐賀県玄海町の広報資料では、方言「こそばいかー」の意味を「くすぐったい」と説明しています。ただし、九州全域で同じ語形になるわけではありません。
| 方言の例 | 標準語での意味 |
|---|---|
| こそばいから、やめて | くすぐったいから、やめて |
| こそばいかー | くすぐったい |
奈良県十津川村だけでも複数の形がある
奈良県十津川村の方言・民俗語彙資料には、「くすばいい」「くすばったい」「くすばゆい」「くすわい」「くすわいい」「くすわゆい」などが記録されています。しかも、資料にはそれぞれが使われる村内の地区名も示されています。
同じ村の中でも、子音や母音、語尾が少しずつ異なる好例です。「奈良県ではこの一語」と県単位でまとめると、こうした細かな違いが見えなくなります。
方言の分布は行政区分に合わせて切り替わるものではありません。地域間の交流など複数の要因が重なり、近い集落でも違う形が残る場合があります。
宮崎・熊本には「ちょこばい」「こちょばいい」
宮崎県美郷町の方言資料では、「ちょこばい」が「くすぐったい」、「ちょこじこる」が「くすぐる」と対応しています。感覚を表す形容詞と、その感覚を起こす動詞が似た音で組になっています。
熊本県西原村の方言辞書には「こちょばいい」が掲載され、「こそばいい」から変化した形として説明されています。子どもをくすぐるときの「こちょこちょ」を連想しやすい音ですが、資料に基づかず、擬音から直接生まれたと断定することはできません。
| 言い方 | 品詞・働き | 意味 |
|---|---|---|
| ちょこばい | 感覚を表す | くすぐったい |
| ちょこじこる | 動作を表す | くすぐる |
| こちょばいい | 感覚を表す | くすぐったい |
「こそばゆい」は方言?標準語?
「こそばゆい」は、特定地域だけの方言とは言い切れません。『デジタル大辞泉』と『精選版 日本国語大辞典』には、一般の見出し語として掲載されています。
辞書では、主に二つの意味があります。
- 皮膚を刺激され、むずむずしてくすぐったい
- 褒められるなどして、照れくさい・きまりが悪い
一方、「こそばい」「こそばいか」は、「こそばゆい」と近い形を持つ地域語として資料に現れます。似た音だからといって、すべての地域語が「褒められて照れくさい」という比喩的な意味まで持つとは限りません。この記事で挙げた自治体資料は、基本的に身体の「くすぐったい」という意味を示しています。
方言を聞いたときの見分け方
「こそばい」「もちょこい」などは、前後の状況を見ると意味を判断しやすくなります。
- 足の裏、脇、首筋などに触れた直後なら「くすぐったい」
- 「やめて」「触らないで」と続くなら、身体のむずむずした感覚
- 褒められた直後の「こそばゆい」なら、「照れくさい」の可能性がある
聞き取れなかったときは、「くすぐったいという意味ですか」と確認すれば十分です。方言を誤りとして直すのではなく、地域の言い方として意味を確かめると会話が続きやすくなります。
日常語は話者自身が方言だと気づきにくいことがあります。ほかの例は、標準語だと思われがちな方言で紹介しています。
よくある疑問
「こそばい」は関西弁ですか?
関西を含む西日本で耳にする形ですが、関西だけの言葉ではありません。今回確認した資料では、山口県東部に「こそばい」、佐賀県玄海町に「こそばいかー」が記録されています。
「もちょこい」は北海道弁ですか?
北海道七飯町の資料で北海道の方言として紹介されていますが、青森県大間町の資料にも同じ形があります。北海道だけの言葉と限定せず、津軽海峡の両側で確認できる言い方と捉えるのが適切です。
「こちょばい」と「ちょこばい」は同じ意味ですか?
今回確認した熊本県西原村の「こちょばいい」と宮崎県美郷町の「ちょこばい」は、どちらも「くすぐったい」を表します。ただし、語の形と確認地域が異なるため、全国で自由に置き換えられる同一表現とは限りません。
今も若い人が使っていますか?
地域と語形によって異なります。『日本言語地図』は伝統方言を記録した古い調査で、現在の世代別使用率は分かりません。自治体資料に掲載されていても、日常的に使うか、意味だけ知っているかは別なので、現代の使用状況を一括して断定することはできません。
まとめ
- 「くすぐったい」には、語の前半と語尾が異なる多くの方言形がある
- 北海道・青森では「もちょこい」、山口では「こそばい」などの例が確認できる
- 奈良県十津川村では、一つの村内にも「くすばいい」「くすわい」など複数の形が記録されている
- 「こそばゆい」は国語辞典に載る語で、身体の感覚と「照れくさい」の二つの意味がある
- 古い全国方言地図の分布を、現在の使用率として扱わないことが重要
同じむずむずした感覚でも、地域が変わると音は大きく変わります。「こそばい」「もちょこい」と聞いたら、まずは「くすぐったい」の仲間かもしれないと考えてみてください。